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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)132号 判決

東京都荒川区南千住二丁目六番五号

原告

寺田光一

右訴訟代理人弁護士

関原勇

鶴見祐策

東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号

被告

荒川税務署長

右指定代理人

玉田勝也

真庭博

吉田和夫

中村宏一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し、昭和四一年二月一〇日昭和三七年分から同三九年分までの各年分の所得税についてした各更正及び各過少申告加算税賦課決定並びに昭和四一年五月九日昭和四〇年分の所得税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

一  原告は肩書地において牛乳販売業を営むいわゆる白色申告者であるが、被告に対し、昭和三七年分から同四〇年分までの各年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税につき、総所得金額をそれぞれ三五万七四〇〇円、三六万三九〇〇円、四四万七五〇〇円、五六万五八七四円とする各確定申告をした。

二  被告は、原告の右各確定申告に対し、昭和四一年二月二〇日、昭和三七年分から同三九年分までの各年分につき、総所得金額をそれぞれ一〇六万一八六九円、一二〇万五六七三円、一二六万一二〇七円とする更正及び過少申告加算税をそれぞれ六三〇〇円、七七五〇円、七九〇〇円とする賦課決定をし、さらに、昭和四一年五月九日、昭和四〇年分につき、総所得金額を一三四万五三八一円とする更正及び過少申告加算税を七九五〇円とする賦課決定をした。

三  そこで、原告は、被告の右各更正及び賦課決定に対し、異議申立てをしたところ、被告はこれを棄却する旨の決定をしたので、さらに、東京国税局長に対し、審査請求をしたところ、同局長は、昭和三八年分から同四〇年分までの各年分につき、原処分の一部を取り消し、総所得金額をそれぞれ八九万一九九〇円、一〇二万六一〇五円、九三万八〇九七円とし、過少申告加算税をそれぞれ四一〇〇円、四九〇〇円、三一〇〇円とし、その余の原告の審査請求を棄却する旨の裁決をした。

四  しかし、被告の前記各更正(昭和三八年分から同四〇年分までの各年分については審査裁決によって維持された部分。以下「本件各更正」という。)は次の理由により違法であり、したがって、本件各更正を前提としてされた前記各過少申告加算税賦課決定(昭和三八年分から同四〇年分までの各年分については審査裁決によって維持された部分。以下「本件各決定」という。)も違法であるから、その取消しを求める。

1  本件各更正は、原告の加盟する荒川民主商工会の組織破壊を意図して行なわれたもので、憲法第一四条、第二一条に違反する違憲の処分であり、少なくとも政治的な他事考慮に基づくものであるから、違法である。

2  国税通則法第二四条によれば、更正に際しては、これに先立って税務署長の適法な調査のされることが必要と解されるが、本件各更正に先立つ被告の調査は存在しないから、本件各更正はその要件を欠き違法である。

すなわち、被告係官は、昭和四〇年一二月及び同四一年一月に原告方に臨店した際何年分の所得についての調査であるかなど臨店調査の趣旨を明らかにせず、原告が多忙であったためなすこともなく原告方から辞去したものであるから、更正の前提となる調査というべきものは存在しない。

3  仮に、右被告係官の臨店が、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という。)第六三条及び昭和四〇年法律第三三号による改正後の所得税法(以下「所得税法」という。)第二三四条第一項所定のいわゆる質問検査権(以下単に、「質問検査権」という。)の行使としての調査に該当するとしても、その調査は、以下に述べるとおり、同項の要件を欠き違法であるから、更正の前提としての調査とはなし得ない。

(一) 旧所得税法第六三条第一号及び所得税法第二三四条第一項第一号にいう「納税義務者」あるいは「納税義務がある者」(以下単に、「納税義務がある者」という。)とは、具体的に確定した納税義務がある者と解すべきところ、前記被告係官が原告方に臨店した昭和四〇年一二月及び同四一年一月当時、原告は、昭和三七年分から同三九年分までの各年分の所得税については既に確定申告書を提出し、かつ、申告に係る税額を納付しており、同四〇年分の所得税については未だ確定申告書を提出すべき期限が到来していなかったのであるから、「納税義務がある者」には該当しない。また、原告に申告以外に課税すべき所得のあることが、被告において、相当程度の蓋然性をもって推認される状況にあったものでもないから、同号の「納税義務があると認められる者」にも該当しない。その他、原告は質問検査の対象とされるべき同条項所定のいずれの者にも該当しない。

(二) 質問検査権の行使は「所得税に関する調査について必要があるとき」に限って許され、かつ、権限の行使に当たっては、その調査の理由は納税者に対し具体的に明示されねばならず、少なくとも納税者が要求する場合には明確に告知する義務があると解すべきところ、本件においては、被告に右調査の必要性はなく、原告方への臨店に際し事前の連絡もされず、原告の要求にもかかわらず調査理由の開示もされなかった。

(三) また、取引先等のいわゆる反面調査は、取引先である第三者が直接調査の目的となっている納税義務を負うものではないから、納税者に対する調査以上に厳格な要件を必要とし、納税者に対する調査の過程で、その調査だけでは課税標準等の内容が把握できないことが明らかになった場合に、その限度においてのみ調査の対象となるものと解すべきところ、本件の場合銀行や仕入先に対する被告の反面調査は、原告に対する臨場調査と並行してされており、結局調査の必要性を欠くものとして違法というべきである。

4  更正に際しては、白色申告者に対する場合であっても、明文の有無にかかわらず、その根拠となるべき理由を納税者に対し告知すべきであり、このことは租税法律主義の精神からの当然の要請である。しかるに、本件各更正は何ら理由を明示していないから、違法である。

5  本件各更正のうち、各確定申告に係る所得金額を超える部分は、いずれも原告の所得を過大に認定したものであるから違法である。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張

一  請求原因に対する認否

請求原因一から三までの事実は認める。同四は争う。

二  被告の主張

本件各更正は次に述べるとおり適法であり、これを前提としてされた本件各決定も適法である。

1  原告は昭和三五年に事業を開始したものであるが、被告は、右事業開始以来原告に対し調査をしたことがなかったので、原告の事業の実態を把握する必要があった。また、原告の申告所得金額は、同業者に比しその事業規模からみて低調と認められたから、その申告所得金額等が適正であるかにつき調査の必要があった。したがって、被告の本件各更正が、荒川民主商工会の組織破壊を意図した他事考慮に基づくものであるとの原告の主張は失当である。

2  本件各更正における調査の経緯は、次のとおりである。被告係官は、原告の本件各係争年分の所得税調査のため、昭和四〇年一二月以降数回にわたり原告方に臨店したが、原告は、仕入先の名称を開示したほかは多忙あるいは来店等を理由としていずれも調査に応ぜず、また、民主商工会事務局員及び同会員を同席させて調査を妨害させ、帳簿書類の呈示や事業に関する説明をしなかった。そこで、被告は、原告の調査への非協力により、原告の所得金額を実額によって算出することが不可能であると判断し、仕入先を調査するほか、同業者の実態などの資料を収集し、それらの結果に基づいて原告の所得金額を推計し、本件各更正を行った。

しかして、国税通則法第二四条の調査とは、納税者方への臨店調査のみを意味するものではなく、課税標準等を計算するに至る一連の判断過程の一切を意味する包括的概念である。したがって被告が本件各更正をするに当たって同条の調査を行ったことは明らかである。

3  質問検査権は、申告納税制度を担保し、適正な課税の実現を確保する目的で行使されるものであって、その行使には、犯則調査の場合のような具体的嫌疑の存在までは必要とせず、申告のない場合又は申告の適否を審査すべさ合理的必要性のある場合にも行使し得るもので、その行使の必要性の判断は、課税庁の合理的判断にゆだねられている。また、質問検査権行使に際しその理由を納税者に開示すべきことを定めた規定はなく、右開示が質問検査を行ううえで法律上一律の要件と解することはできない。さらに、反面調査の時期等も税務職員の合理的裁量にゆだねられているものである。本件の場合、質問検査権を行使すべき合理的必要性のあったことは前記1のとおりであり、反面調査についてもその裁量の範囲を逸脱していないことは明白であるから、質問検査権行使の違法という原告の主張は失当である。

4  所得税法は、青色申告を更正する場合を除き、更正に理由を附記しなければならない旨の手続的規制は設けていないから、白色申告者である原告に対する本件各更正に具体的な理由が附記されていないからといって違法とはいえない。

5  原告の所得金額

原告の本件各係争年分の所得金額及びその算出根拠は次のとおりであり、本件各更正はいずれもその範囲内であるから適法である。

(昭和三七年分)

〈省略〉

(一) 売上金額 九三八万二九三〇円

後記(二)の仕入金額六五七万七四三四円に同業者の平均差益率二九・九〇パーセントを適用して算出したものである。

右差益率及び後記所得率(以下「同業者率」ともいう。)は、次の条件のすべてに該当する同業者についての差益率及び所得率の平均値であり、これによって、原告の売上金額及び所得金額を算出したものである。

(1) 牛乳販売(小売)の事業を営んでいる個人の納税者

(2) 暦年を通して事業を継続し、業態に変更のない者

(3) 有資格者(確定申告書の提出を要する者のうち、申告納税額のある者をいう。)

(4) 本件各係争年分について収支実額による所得調査を実施し、その調査の結果、申告是認、修正申告及び更正又は決定を行ったもの(ただし、更正又は決定を行ったもののうち、国税通則法に基づく不服申立て及び出訴期間を経過していないもの若しくは当該処分に対して不服申立て又は提訴がされていて審理中のものは除く。)

(5) 荒川税務署管内及び同管内と地域的に近接し、原告の事業所と立地条件をほぼ同じくしていると認められる浅草、王子、足立、本所、向島、葛飾、江戸川、江東西及び江東東の各税務署管内に事業所を有している者

右同業者率の算出根拠は別表(一)のとおりである。

(二) 仕入金額 六五七万七四三四円

(三) 算出所得金額 一九八万〇七三六円

(一)の売上金額九三八万二九三〇円に前記同業者の平均所得率二一・一一パーセントを適用して算出したものである。

(四) 雇人費 五六万四二一〇円

(五) 家賃 八万四〇〇〇円

原告は、鈴木又雄から店舗兼居宅を年間総額一二万円(月支払額一万円)の賃料で賃借していたが、店舗の占める割合は多く見積っても総面積の二分の一程度と認められるので、その事業対応分の割合は、店舗が道路に面していて効用が大であること及び居住用部分中にも事業供用部分があることを考慮して七〇パーセントが相当であると認め、右家賃額を算出した。

(六) 従業員の施設の賃借料等 一万〇六六七円

原告は、昭和三七年一一月ころ、竹垣粂吉との間で賃貸借契約を締結し、同人から従業員の宿泊施設を賃借しているので、同年中に支払った賃料九〇〇〇円(月額四五〇〇円)及び二年間の契約期間に対するものとして契約当初に支払った契約金二万円のうち同年分の二か月分に相当する一六六七円の合計額を算出した。

(昭和三八年分)

〈省略〉

(一) 売上金額 一〇四二万六四二一円

後記(二)の仕入金額七四六万一一四七円に同業者の平均差益率二八・四四パーセントを適用して算出したものである。

右同業者率(差益率及び所得率)の算出方法は昭和三七年分と同様であり、その算出根拠は別表(二)のとおりである。

(二) 仕入金額 七四六万一一四七円

(三) 算出所得金額 二〇八万七三六九円

(一)の売上金額一〇四二万六四二一円に前記同業者の平均所得率二〇・〇二パーセントを適用して算出したものである。

(四) 雇人費 六八万五九〇五円

(五) 家賃 八万四〇〇〇円

昭和三七年分と同様の方法により算出した。

(六) 従業員の施設の賃借料等 六万四〇〇〇円

昭和三七年分と同様の賃料(月額四五〇〇円)の一二か月分五万四〇〇〇円及び昭和三七年分に掲記の契約金二万円のうち昭和三八年分に相当する一万円の合計額を算出した。

(昭和三九年分)

〈省略〉

(一) 売上金額 一〇九八万〇三二五円

後記(二)の仕入金額七八〇万一五二一円に同業者の平均差益率二八・九五パーセントを適用して算出したものである。

右同業者率(差益率及び所得率)の算出方法は昭和三七年分と同様であり、その算出根拠は別表(三)のとおりである。

(二) 仕入金額 七八〇万一五二一円

(三) 算出所得金額 二二七万六二二一円

(一)の売上金額一〇九八万〇三二五円に前記同業者の平均所得率二〇・七三パーセントを適用して算出したものである。

(四) 雇人費 七一万一三七五円

(五) 家賃 八万四〇〇〇円

昭和三七年分と同様の方法により算出した。

(六) 従業員の施設の賃借料等 六万二三三三円

昭和三七年分と同様の賃料(月額四五〇〇円)の一二か月分五万四〇〇〇円及び昭和三七年分に掲記の契約金二万円のうち昭和三九年分の一〇か月分に相当する八三三三円の合計額を算出した。

(昭和四〇年分)

〈省略〉

(一) 売上金額 一一八九万六五〇八円

後記(二)の仕入金額八三一万八〇三九円に同業者の平均差益率三〇・〇八パーセントを適用して算出したものである。

右同業者率(差益率及び所得率)の算出方法は昭和三七年分と同様であり、その算出根拠は別表(四)のとおりである。

(二) 仕入金額 八三一万八〇三九円

(三) 算出所得金額 二四八万七五五九円

(一)の売上金額一一八九万六五〇八円に前記同業者の平均所得率二〇・九一パーセントを適用して算出したものである。

(四) 雇人費 九一万五九二〇円

(五) 家賃 八万四〇〇〇円

昭和三七年分と同様の方法により算出した。

(六) 従業員の施設の賃借料 五万四〇〇〇円

昭和三七年分と同様の賃料(月額四五〇〇円)の一二か月分五万四〇〇〇円を算出した。

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告の主張に反する認否

被告の主張2の事実中、被告係官がその主張のころ原告方に臨店したことがあること及び原告が被告係官に対し仕入先の名称を開示した事実は認めるが、その余は争う。同5の所得金額の算出根拠のうち、本件各係争年分の仕入金額及び雇人費の額並びに原告が鈴木又雄から店舗兼居宅を月額一万円の賃料で賃借していること、竹垣粂吉から従業員の宿泊施設を月額四五〇〇円の賃料で賃借し、契約当初に二年間の契約期間に対する契約金として二万円を同人に支払ったこと及び昭和三八年分の右施設の賃借料等の額(六万四〇〇〇円)はいずれも認めるが、その余は争う。

二  原告の反論

1  被告が本訴において主張する推計方法は、本件各更正時のそれと異っており、訴訟の段階において、新たな推計方法によって原処分の適法性を根拠づけることは許されない。

2  被告は、原告の本件各係争年分の売上金額及び所得金額を同業者の差益率、所得率により推計したとしているが、右同業者率は合理的なものとはいえない。

すなわち、右同業者率の算出根拠として選択された同業者数が少なく、被告主張の各管内の同業者から、右率の最も高いものを選択したものと考えられ、その率は客観的に適正なものとはいえない。また、被告が同業者の選択基準として掲げるもののうち、申告是認等がされたものとの条件は、納税者が税額に不満であっても応ぜざるを得ない税務行政の実態に照らし、合理性がなく、各管内に事業所を有する者という条件も、具体的な営業形態や立地条件の類似性を意味するものではないから、合理的とはいえない。さらに、原告は、卸売が売上げの大半を占めており、これについては相当値引きをしているから、被告主張の同業者率は原告の営業の実態に適合しない。なお、原告の本件各係争年分の品名別差益率は別表(五)から(八)までのとおりである。

3  被告は、本件各係争年分の家賃について支払金額の七〇パーセントのみを事業対応分とし経費として認めているが、支払金額一二万円全額がそれぞれ経費として認められるべきである。

4  原告は、竹垣粂吉から賃借している従業員の宿泊施設の賃料として月額四五〇〇円を支払うほか、二か年毎の契約更新の際に賃料の前払とみなすべき金員二万円を支払っているのであるから、本件各係争年分の経費として認められるべき右施設の賃借料等の額は、いずれも六万四〇〇〇円が正当である。

第五原告の反論に対する被告の認否及び再反論

一  原告の反論に対する認否

原告の反論4のうち、契約更新毎に二万円を支払っているとの事実は否認する。

二  被告の再反論

1  課税処分の取消訴訟では、課税庁は、当該処分によって認定された所得額が客観的に正当であることを主張立証すれば足り、必ずしも原処分と同じ推計方法によって所得額を主張立証しなければならないわけではない。

2  被告が前記各税務署管内から同業者を選択したのは、牛乳販売業における販売形態の主体が配達販売であるため、店舗の位置よりも右各管内の顧客層の同質性を重視したからであり、これによって得た同業者率は合理的なものである。

また、原告は、その売上において卸売が大きな比重を占めているから、被告主張の同業者率を原告に適用するのは合理性がないと主張するが、一般の牛乳販売店においても、原告の主張と同様な販売方法を行っているのが通常であり、これは被告が選択した同業者についても同様であるから、原告の主張は失当である。

第六証拠関係

一  原告

1  提出した書証

甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四号証の二、三、第四号証の四の一から九まで、第五号証及び第六号証

2  援用した証言等

証人掛谷浩之、同杉田秀三及び同寺田輝美の各証言並びに原告本人尋問(第一、二回)の結果

3  乙号証の認否

乙第三号証の一から四までの各一、二、第四号証の三、四、第五号証の一、二及び第六号証から第八号証までの成立はいずれも認め、その余の乙号各証の成立はいずれも知らない。

二  被告

1  提出した書証

乙第一号証の一から四までの各一から一〇まで、第二号証の一から四まで、第三号証の一から四までの各一、二、第四号証の一から四まで、第五号証の一、二及び第六号証から第九号証まで

2  援用した証言

証人掛谷浩之、同高柳貞男、同吉村禎治、同高波昇作、同飯沼敏郎、同鈴木顕樹、同斉藤実、同西勝、同久保木勝雄、同堀内哲郎、同大野吉之助及び同信太勝美の各証言

3  甲号証の認否

甲第一号証の一、二、第二号証及び第六号証の成立はいずれも認め、その余の甲号各証の成立はいずれも知らない。

理由

一  請求原因一から三までの事実は、当事者間に争いがない。

二  本件各更正の手続の適法性について

1  原告は、被告の本件各更正は、原告の加盟する荒川民主商工会の組織破壊を意図して行われたものであるから、違憲あるいは違法であると主張する。

しかしながら、適法な調査に基づいて税務署長の更正処分がされた場合に、同処分の違法を主張してその取消しを求める訴訟においては、同処分によって認定された所得金額が、客観的に正当であるか否かが専ら問題となるのであって、当該処分を行うに当って、課税庁がいかなる主観的意図を有していたかは、その違法性とは本来無関係な事柄というべきである。のみならず、証人杉田秀三の証言中には、右主張にそう供述部分があるけれども、同供述部分は、民主商工会関係者等から伝聞した事実及びそれに基づく印象ないし意見を述べているにとどまるものであることが右証言自体から明らかであり、証人掛谷浩之の証言と対比しても採用できない。その他本件全証拠を検討してみても、原告主張の事実を認めることができず、本件各更正をするに至った事情は、後記2認定のとおりである。

したがって、この点に関する原告の主張は失当である。

2  原告は、本件各更正が調査に基づかずにされたものであるから、違法であると主張するので、この点について判断する。

証人掛谷の証言によれば、本件各更正に至るまでの経緯につき、次の事実を認めることができる。

被告は、原告の申告所得金額が、同業者に比べ著しく低く、また、相当期間原告に対する調査をしていなかったことから、同人を調査対象者として選定した。被告係官掛谷浩之は、右調査のため、昭和四〇年一二月一〇日ころ、原告方に臨店し(被告主張のころ係官が臨店した事実は、争いがない。)、昭和三七年分から同三九年分までの各年分の原告の所得税につき調査をする旨告げて、関係帳簿の呈示を求めたが、原告は、これに応じなかったので、同係官は、やむなく原告方を辞去した。同係官は、同月一三日ころ、前回の臨店の際の約束に基づき、再び原告方に臨店し、調査への協力を求めたところ、原告は、仕入先二軒の名称を開示したものの(原告が仕入先の名称を開示したことは、当事者間に争いがない。)、それ以上の協力は拒否し、さらに、調査途中から原告方に来た者が、同係官に対し大声で議論をしかけるなどして調査を妨害したので、同係官は、調査の継続を断念して、原告方を辞去した。翌四一年一月一七日ころ、同係官が、原告方に臨店した際は、前三年分に加えて、昭和四〇年分についても調査する旨告げて協力を求めたが、多忙を理由に延期方を要請され、その翌日前日の約束に基づき再び臨店し、同係官が同席者の退席を求めたところ、その者らがこれに対して抗議し、さらに、議論をしかけるなどして同係官の調査を妨害し、一方、原告も、関係帳簿の呈示の要請に応じようとしなかったので、同係官は、やむなく原告方を辞去した。そして、同月二一日ころ、原告方に臨店した際も、原告は、銀行調査をしたことに抗議して、調査に応じようとせず、さらに、同年二月一日に臨店した際も、原告は、前同様の抗議をしたうえ、調査を拒否する態度を明確にし、外出するなどしたので、同係官は、調査を打ち切らざるを得なかった。そこで、被告は、右調査の経過に照らし、原告の所得金額を推計によって算出することとし、同人の開示した仕入先の反面調査等により仕入金額を把握し、これに、管内の同業者の平均差益率、所得率を適用して所得金額を算出し、特別経費についても、それぞれ調査あるいは推計によって算出し、本件各更正をした。

証人寺田輝美及び同杉田秀三の各証言並びに原告本人尋問(第一回)の結果中、右認定に反する部分はいずれも証人掛谷の証言と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告は調査に基づき本件更正を行ったことは明らかであり、国税通則法第二四条の調査を、納税者方への臨店の際における納税者との面接あるいは関係帳簿書類等の閲覧に限定して解すべき根拠はないから、この点に関する原告の主張は失当である。

3  原告は、本件各更正に際してされた被告係官の臨店が質問検査権の行使としての調査に該当するとしても、質問検査権の行使の要件を欠き違法であるから、本件各更正も違法であると主張するので、この点について判断する。

(一)  原告は、同人が、「納税義務がある者」その他質問検査の対象となるべき者に該当しないと主張する。

しかしながら、右「納税義務がある者」とは、具体的に確定した納税義務がある者のみを意味するものではなく、当該課税年が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があることにより、その年分の所得税の納付義務を将来終局的に負担するに至るべき者をもいい、また、「納税義務があると認められる者」とは、権限ある税務職員の判断によって、右の意味における「納税義務がある者」と合理的に推認される者をいうと解すべきである。そうすると、本件の場合、原告が、本件各係争年分の所得税につき、「納税義務がある者」ないし「納税義務があると認められる者」に該当することは、前認定の調査の経緯に照らして明らかであるから、原告の主張は失当である。

(二)  原告は、本件の場合、質問検査権を行使すべき必要性がないと主張する。

しかしながら、前認定の事実によれば、原告に対し質問検査権を行使すべき客観的で合理的な必要性のあったことは明らかであるというべきである。

(三)  原告は、質問検査権行使の際、その理由が開示されなかったから、違法であると主張する。

しかしながら、質問検査を実施するに当たり、その実施日時の事前通知や調査の理由及び必要性の告知をすべきことが、法律上一律の要件とされているものではないから、本件の調査に際して、調査理由の開示がされなかったからといって、直ちに、これに基づいてされた更正が違法になるものと解することはできない。

(四)  原告は、被告のした反面調査が、その要件を欠き違法であると主張する。

しかしながら、反面調査は、その行使が社会的に相当な範囲にとどまるかぎり、その時期、程度については、当該調査に当たる税務職員の裁量にゆだねられているものと解すべきであり、納税者に対する調査と並行してこれを行うことが許されないと解すべき根拠はない。本件の場合、前認定の調査の経緯に照らし、反面調査の客観的で合理的な必要性のあったことは明らかであり、その行使が、社会的に相当な範囲を逸脱しているとも認められないから、この点に関する原告の主張もまた失当である。

(五)  以上のとおり、質問検査権行使の違法をいう原告の主張は、すべて理由がなく、被告の調査は適法に行われたものというべきである。

4  原告は、本件各更正には、理由の附記がないから違法であると主張する。

しかしながら、青色申告の場合とは異なり、白色申告に対する更正に理由を附記すべきことは法律上要求されていないし、明文の規定がないのに白色申告についても理由を附記すべきものと解すべき余地はないから、原告の主張はその前提を欠き失当である。

5  以上のとおり、本件各更正は、その手続においては何ら違法な点はなく、適法に行われたものと認められる。

三  原告の所得金額

1  原告は、本件各更正時におけるのと異なる方法によって、本件各更正の適法性を根拠づけることは許されないと主張するけれども、更正に係る所得金額が客観的に正当であるか否かに関しては、更正後に新たに収集した資料によってその正当性を根拠づけることも禁止されていないから、右原告の主張は失当である。

2  本件各係争年分の仕入金額は、いずれも当事者間に争いがない。

被告は、本件各係争年分の売上金額及び算出所得金額を推計により算出しているが、前認定の本件調査の経緯に照らすと推計の必要性の存することは明らかであるから、次にその合理性につき判断する。

証人吉村禎治の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一から四までの各一、同高波昇作の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一から四までの各二、同飯沼敏郎の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一の三、第一号証の二から四までの各四、同鈴木顕樹の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一の四、第一号証の二から四までの各三、同斉藤実の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一から四までの各五、同西勝の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一から四までの各六、同久保木勝雄の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一から四までの各七、同堀内哲郎の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一から四までの各八、同大野吉之助の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一から四までの各九、同信太勝美の証言によって真正に成立したと認められる乙第一号証の一から四までの各一〇及び右各証言によって真正に成立したと認められる乙第二号証の一から四まで並びに右各証言を総合すると、次の事実が認められる。

被告は、原告の本件各係争年分の所得金額を同業者の平均差益率及び平均所得率によって推計するに当たり、同業者の選出基準を、原告の居住地を管轄する荒川税務署管内及びこれと隣接する浅草、王子、足立、本所、向島、葛飾、江戸川、江東西及び江東東の各税務署管内において、暦年継続して牛乳販売業(小売業)を営んだ事業者で、有資格のもののうち、本件各係争年分につき収支実額による所得調査を実施し、その結果、申告是認、修正申告是認及び更正又は決定を行ったもの(ただし、不服申立て期間を経過しないもの及び現に争訟中のものを除く。)とし、右各税務署に保管されている業種別調査既未済整理簿等の資料から、右条件に合致するすべての対象者を選出したところ、これに該当するものとして、被告主張のとおり(別紙(一)から(四)まで)、本件各係争年分につき、それぞれ八名、七名、九名及び一三名の同業者が選出され、その平均差益率は、それぞれ二九・九〇パーセント、二八・四四パーセント、二八・九五パーセント及び三〇・〇八パーセントであり、平均所得率は、それぞれ二一・一一パーセント、二〇・〇二パーセント、二〇・七三パーセント及び二〇・九一パーセントであった。

右認定の事実によれば、同業者の選出過程において、被告の恣意の介在は全くなく、選出された同業者は、いずれも立地条件、業態及び営業規模が原告と類似するものであると認められるところ、七名ないし一三名にのぼる同業者の差益率及び所得率も偏差が少なく、極端に低率あるいは高率を示す同業者は、選出されていないから、右率の平均値は、原告のそれと近似するものと解することができる。

右同業者率の選出基準及び選出過程に関する原告の反論は、いずれも具体的な事実に基づくものではなく、採用できない。

また、原告は、その売上げの大半が卸による値引き販売であり、右同業者率を原告に適用するのは合理性を欠くとし、なお本件各係争年分の品名別差益率は、別紙(五)から(八)までのとおりであると主張する。

しかしながら、証人寺田の証言及び原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、原告のいう卸とは或る程度まとまった数量を或る程度値引きをして菓子屋、パン屋、学校の売店等に販売することを意味するものと認められるところ、証人掛谷の証言によれば、数量、比率の差はあれ、原告主張のような販売方法は、牛乳小売販売業者が一般的に行っているものと認められるから、この点は、原告のみに特有の事情とは解することができず、その数量、比率、値引き率等に関する同業者間における差異は、前示同業者の平均差益率、平均所得率の中に捨象されているというべきである。さらに、原告主張の差益率については、これを認めるに足る証拠がないのみならず、各商品別及び各単価別の販売数量の比率も明らかではないから、到底採用することはできず、原告本人尋問の結果(第二回)により成立の真正を認め得る甲第四号証の四の一から九までも、単に仕入数量の多寡を示すに過ぎないから、右認定を左右するに足るものではない。したがって、右原告の主張も理由がない。

そうすると、前示同業者の平均差益率、平均所得率を基礎に本件各係争年分の原告の所得金額を推計することには合理性があるというべきである。

そこで各年分の仕入金額に前認定の平均差益率を適用して売上金額を算出し、さらに前認定の平均所得率を適用すると、原告の各年分の算出所得金額は、それぞれ、一九八万〇七三六円、二〇八万七三六九円、二二七万六二二一円、二四八万七五五九円となる。

3  本件各係争年分の特別経費のうち、雇人費の額については、いずれも当事者間に争いがない。そうすると、家賃及び従業員の施設の賃借料等の額が仮に原告主張のとおり認められるとしても(昭和三八年分の従業員の施設の賃借料等の額については、当事者間に争いがない。)、各年分の所得金額は、それぞれ一二三万二五二六円、一二一万七四六四円、一三八万〇八四六円、一三八万七六三九円となり、いずれも本件各更正に係る所得金額を上廻るから、所得金額の認定についても違法はないといわなければならない。

四  以上のとおり、本件各更正は、いずれも適法であり、また、原告の本件各係争年分についてした確定申告に係る所得金額は、前示のとおりであって、本件各更正に係る所得金額と対比して過少申告に該当することは明らかであるから、これを理由としてされた本件各決定も適法である。

五  してみると、本件各更正及び本件各決定を違法として、その取消しを求める原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 時岡泰 裁判官 山﨑敏充)

別表(一)

〈省略〉

別表(二)

〈省略〉

〈省略〉

別表(三)

〈省略〉

別表(四)

〈省略〉

〈省略〉

別表(五)

昭和三七年度

〈省略〉

〈省略〉

別表(六)

昭和三八年度

〈省略〉

〈省略〉

別表(七)

昭和三九年度

〈省略〉

〈省略〉

別表(八)

昭和四〇年度

〈省略〉

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